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二条城 (1)二条城の歴史と唐門

20090618_otemon今回は世界遺産としての京都・二条城について、ぱぴりおの視点で書いてみよう。
「二条城の歴史と唐門(からもん)」について。

◆二条城の歴史
1603年(慶長8年)、徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛時の宿泊所として二条城を造営。
1626年(寛永3年)徳川家光が伏見城の遺構を移すなどして本丸・二の丸・天守を完成させて現在の規模となる。

豊臣秀吉の残した文禄年間の遺構と、家康が建てた慶長年間の建築と、家光がつくらせた絵画・彫刻などが結集されたお城ということだ。桃山時代様式の豪華絢爛な姿を見ることができる。

上の写真は東大手門。外堀を橋で渡るとすぐこの門がある。どっしりとした櫓門。ここからが二条城だ。

◆唐門(からもん)

20090618_karamon_2

次に重要文化財である唐門(からもん)(上左側の写真)をくぐる。でも豪華な彫刻に目を奪われ、なかなか進めない。二の丸御殿の正門とともに伏見城の遺構と伝えられていて、唐破風(からはふ)造りに施された彫刻が凄い。唐破風とは日本特有の形式で、弓状になった屋根の部分をいう。建物が豪華に見える装飾的なのもので、平安時代以降に見られる。上の段には蝶(青色)、下の段には鶴の姿が見える(上右側の写真)。

20090619_kaerumata_2

上の写真で赤丸の部分を蟇股(かえるまた)という。カエルの股?どう考えても面白い名前だ。カエルが足を踏ん張っているように見えるので「カエル股」という。「蟇」というのは「蟇蛙」(ひきがえる)の「蟇」。最初凄い名前だと思ったけれど、じっと見ているとカエルの足に見えてくるし、忘れられない名前だし、わかりやすくていいかもしれない。
本来は建物の荷重を受けるもので構造上必要なものだったが、室町時代以降は装飾性が高くなってゆき、彫刻などが施されるようになったという。いわゆる、棟梁の腕の見せ所ってことじゃないかな。
上左の写真は、唐門の表側なんだけど、蟇股の彫刻がわかりにくい(亀かもしれない)。そこで、わかりやすいのが上右の写真。これは唐門の裏側の彫刻で、仙人。
この他に唐門の内側や欄間にも、竜、虎、獅子などの彫刻が見られる。とにかく重厚で圧倒されるばかりだ。

今回、唐破風と蟇股について興味を持ったので、いろいろ調べてみた。これから寺社仏閣を訪れる機会があれば、どういう装飾がされているか見たいなと思う。きっと楽しいと思うんだ~。こういうことを積み重ねていければいいなぁ。

「二の丸御殿」までなかなかたどり着けないけれど、また次回書こうと思う。

◆ぱぴりおブログ◆
二条城 (1)二条城の歴史と唐門
二条城 (2)二の丸御殿の歴史とうぐいす張りの床
二条城 (3)二の丸御殿・遠侍と式台
二条城 (4)二の丸御殿・大広間から白書院、二の丸庭園
二条城 (5)本丸御殿・本丸庭園

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