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興福寺 (1)南円堂

20091028_9nanendou西国三十三所巡礼・第九番
興福寺(公式ページ)・南円堂
(こうふくじ・なんえんどう)
左の写真は興福寺の南円堂(重要文化財)。

◆宗派:法相宗(ほっそうしゅう)大本山
◆本尊:不空羂索観世音菩薩(国宝)
◆開基:藤原不比等(ふじわらのふひと)、南円堂は藤原冬嗣(ふじわらのふゆつぐ)
◆創建:669年(天智8年)、南円堂は813年(弘仁4年)
◆結縁御開帳:2008年10月17日~11月24日
◆通常御開帳:毎年10月17日(大般若経転読会)
◆時間:午前9時~午後5時 ◆所在地:奈良市登大路町48(地図
◆拝観料:無料 ◆開帳内拝:300円 ◆駐車場:有(70台)

御詠歌
下の写真は南円堂の扁額(へんがく:門戸や室内などに掲げる横に長い額)。

20091028_9goeika

「春の日は 南円堂に かがやきて 三笠の山に 晴るるうす雲」
(はるのひは なんえんどうに かがやきて みかさのやまに はるるうすぐも)

◆南円堂の縁起
興福寺・南円堂の縁起は、813年(弘仁4年)、藤原冬嗣が父麻呂(まろ)のために創建した。その後3度焼失し、現在の建物は1717年(享保2年)被災後、1741年(寛保元年)に立柱された。

20091028_9gohai◆興福寺の縁起
興福寺の前身は、669年(天智8年)に藤原鎌足(ふじわらのかまたり)が重い病気を患った際に、夫人である鏡大王が夫の回復を祈願して、釈迦三尊、四天王などの諸仏を安置するために造営した山背(やましろ)国(現在の京都府南部)「山階寺(やましなでら)」と伝えられている。この名称は後世においても興福寺の別称として使われている。山階寺はその後、壬申の乱(672年)の後、飛鳥に都が戻った際に、山階寺も移建され、その地名を取って「厩坂寺(うまやさかでら)」と称した。さらに平城遷都の際、710年(和銅3年)藤原不比等(ふじわらのふひと)の計画によって移されるとともに、「興福寺」と名付けられた。

天皇や皇后、また藤原氏の人々の手によって次々に堂塔が建てられ整備が進められ、奈良時代には四大寺、平安時代には七大寺の一つに数えられ、特に摂関家藤原北家との関係が深かったために手厚く保護され、寺勢はますますさかんになった。平安時代には春日社の実権を手中におさめ、大和国を領するほどになり、また、鎌倉・室町時代には幕府は大和国に守護を置かず、興福寺がその任に当たった。1595年(文禄4年)の検地で春日社興福寺合体の知行として2万1千余石と定められ、徳川政権下においてもその面目は保たれた。その後、明治時代はじめの神仏分離令、廃仏毀釈、社寺上地令などで興福寺は荒れたが、寺僧有縁の人々の努力で復興が進展し新たな興福寺としてその歴史を刻み続けている。

20091028_9hibutu秘仏
「木造不空羂索観音坐像(国宝)」
午前9時前に興福寺に着いたにもかかわらず、南円堂の前は長蛇の列(汗)。恐るべし、青丹よし奈良。お参りしたこの10月17日は、南円堂で年に一回の大般若経転読会が開かれる日でもあり、秘仏公開の日でもある。だからと早めに行ったのだが、皆の気持ちも同じだったようだ。待つこと20分位。でも、じっくり屋根や瓦なども見ることができたので、私は写真を撮ったりして楽しく時間を過ごしていた。実は屋根が大好きなのだ。左下の写真は南円堂の軒瓦、右下は購入した瓦マグネット(2個で1000円)。左の写真は秘仏。(図録より)

20091028_9kawara

20091028_9taduna秘仏である不空羂索観音は、写真で見るとふくよかでどっしりしているというイメージだったが、実際に見ると違うことで驚く。とにかく観音さまが大きい!「こんなに大きかったなんて!」 写真というものは、だいたいのイメージはわかるけれど、比較対象物がない場合は大きさが全くわからないのだ。そして、実物を見て驚くことになる。この観音さまは3.36mもあるので、下から見上げることとなった。そのお顔は、ふくよかというよりも穏やかで想像以上にやさしい印象だった。毎回思うことだが、自分の目で見るということがいかに大事なことか、またしても思い知らされる私だった。

観音さまの周りをくるっと一周できるようになっていて、観音さまの前に来たときに、手綱を持って拝めるようになっている。順番に一人ずつなので、少々緊張しながら手綱を両手にはさんで拝んだ。この手綱は二本ある。一本は観音さまの前で持つ手綱、もう一本は向拝(ごはい:外側正面。お賽銭をして一般参拝するところ)に通じていて、外からも手綱が持てるようになっている(上の写真の左の紐が手綱)。

◆木造四天王立像(国宝)
下の写真は、左から持国天(じこくてん)、増長天(ぞうちょうてん)、広目天(こうもくてん)、多聞天(たもんてん)(図録より)。この四天王は、帝釈天の家来で、中国・須弥山(しゅみせん)の中腹にある四方の門を守護する神。ここでは観音さまを守っている。守護神なので、怒った顔をしていて身に鎧をつけ、手に武器を持っている。沓(くつ)をはき、岩座に立つ姿は動きも大きく、また力強く、鎌倉再興期を象徴づける像として知られているそうだ。

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躍動感に満ち溢れていて、とてもかっこいい。今にも動き出しそうだし、ポーズが非常に素敵なのだ。鎧の彫刻も細かく、木造とは思えない流線美。その美しさに見惚れてしまう。

20091028_9tendokue◆大般若経転読会(だいはんにゃきょうてんどくえ)
13時から南円堂で行われたようだ。「ようだ」としか言えないのは、実際に見たことがないからだ。ちょうどその頃、私は北円堂を見るために列で並んでいた。なにやら、南円堂からいろんな音が聞こえてくる。読経の声とバタバタした音?何事?と思い、南円堂を見つめていて、「大般若経転読会」があると南円堂に書かれていたことを思い出した。今、法要が行われているんだなぁ、宗派が違うと聞こえてくる音もずいぶん違うんだなぁと思った。

その後、同じ法相宗である薬師寺(奈良)でお坊さんの話を聞く機会があり、ちょっとだけ転読会のことがわかった。600巻以上あるお経を読んだことにするのがこの転読会なのだそうだ。長い経本をパラパラとめくり、パーンと叩きつけるようにして締めくくる、ということを何度もするらしい。でもさ、読んだことにするって・・・、そういうのアリ? こう言っちゃナニだが、面白い宗派だと思ってしまった。そういえば、南円堂でバタバタした音が聞こえてきたのは、長いお経を読んだことにしていたんだと納得できたけれど。

さて、興福寺に話を戻そう。北円堂を参拝した後、境内を歩いていると、南円堂から出て来られたお坊さんに出会った(上の写真)。南円堂での転読会が終わり、雨の中を足早に歩いておられた。「あっ、ご朱印をしてくださったお坊さんっ。」そうなのだ。納経所でご朱印をしてくださったかたが、法衣に着替えてお勤めされていたのだ。今日は凄く忙しい日なんだなぁ。

20091028_9gosyuin◆納経
ご朱印をいただいた後にわかったが、写経は納経所に納めることができるようだ。でももう一度納経所に並ぶのは、ちょっと辛かったので(ご朱印で一時間くらい並んだから)納めなかったが、次回は納めたいと思う。右は興福寺・南円堂のご朱印。ご朱印は南円堂そばの納経所で。興福寺は5種類のご朱印がある。

◆感じたこと
南円堂への行列は午後も減ることはなく、一年に一度の御結縁を大勢の人が待ち望んでいたんだなあと、ひしひしと感じた。観音さまも四天王も見応え十分だった。なんだか美術品を鑑賞したような気持ちだった。

この日は、「お堂でみる阿修羅展」の初日ということもあり(実は阿修羅展があるとは知らずに訪れた)、境内のあちこちで長蛇の列ができていた。奈良のお寺は半端なく凄いと改めて感じた。

◆◆ここからは今回調べたこと◆◆

20091028_9bonji不空羂索観世音菩薩(ふくうけんさくかんぜおんぼさつ/ふくうけんじゃくかんぜおんぼさつ)
左は不空羂索観世音菩薩の梵字種字は「モウ」または「モ」、「ボ」。真言は「オン・アモギャ・ビジャヤ・ウンハッタ」。梵名の「アモーガ・パーシャ」は「不空・羂索」の意味。

観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つであり、六観音の一尊にも数えられている。六観音の役割では人間道の世界で苦しむ衆生(しゅじょう:生命あるものすべて)を救う観音とされる。

「不空」は「願いをむなしくしない」、「羂索」は鳥獣魚を捕らえる網。よって不空羂索観音とは「観音の慈悲の網なら衆生をもらさず救う観音」という意味である。また、無病息災、財産守護をはじめとする二十種類もの利益をつかさどるともいわれている。

宝冠に阿弥陀如来の化仏(けぶつ)をつけ、肩から衣(鹿皮の衣)をまとっている。一面八臂(一つの顔に八本の腕)が一般的。ヒンドゥー教のシヴァ神の影響を受けているといわれている。

◆ぱぴりおブログリンク◆
西国三十三所巡礼札所一覧

興福寺 (1)南円堂
興福寺 (2)「お堂でみる阿修羅」 阿修羅(仮金堂)

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