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深雪山・上醍醐寺 「秘仏」

20091110_tozanguti西国三十三所巡礼・第十一番
深雪山・上醍醐寺(公式ページ)
(みゆきさん・かみだいご)
左の写真は上醍醐寺への登山道入り口。

◆宗派:真言宗醍醐派
◆本尊:准胝観世音菩薩
◆開基:理源大師聖宝 (りげんだいししょうほう)
◆創建:876年(貞観16年)
◆結縁御開帳:2009年5月1日~11月30日
◆通常御開帳:毎月5月15日~21日
◆時間:9時~17時(冬期は9時~16時)
◆所在地:京都市伏見区醍醐東大路町22(地図
◆上醍醐入山料:600円 ◆下醍醐伽藍:600円
◆駐車場:有(下醍醐に100台・700円)

御詠歌手ぬぐい
下の写真は女人堂の扁額(へんがく:門戸や室内などに掲げる横に長い額)。

20091110_hengaku 「逆縁も もらさで救う 願なれば
 准胝堂は 頼母しきかな」

(ぎゃくえんも もらさですくう がんなれば
じゅんていどうは たのもしきかな)

20091110_junteiidou◆縁起
876年(貞観16年)、仏法を広めるためふさわしい地を探していた聖宝は、寄宿していた貞観寺より東方にみえる山に、五色の雲がたなびくのを見て、感ずるところがあり、その山に登った。すると、山上で老翁と出会い、そこに湧いている泉を一口飲み「ああ醍醐味なるかな。」と言うと、老翁は姿を消した。これを地主横尾明神の示現と悟った聖宝は、山を醍醐山、霊泉を醍醐水と名づけ、そのかたわらに小堂宇を建立した。

聖宝は、三宝鳥(さんぽうちょう:ぶっぽうそう)に導かれて柏の霊木を見つけ、100日間神呪を唱えて加持(かじ:手に印を結び、口に真言を唱え、心を仏の境地におき、仏と一体になること)を行い、3年かかって准胝・如意輪の二体の観音像を彫り、この堂宇に安置したのが醍醐寺の縁起だという。

上の写真は2009年11月現在の准胝堂。2008年8月24日、落雷による火災で准胝堂が焼失したので、今はフェンスで覆われている。

20091110_sandou◆上醍醐寺への難所
女人堂から約2キロの距離に上醍醐寺はある。ガイドブックには札所の最難所の一つとあった。険しいといってもハイキング道なのだが、登ってみるとこれが結構キツイ。途中、平坦な道や休憩所やトイレなどが設けられていて、ところどころで休憩できるものの、そうそう休憩もしていられない。下山してくる人たちに「おはようございます。」と声をかけてもらいながら登る。最初、難なく答えていたが、そのうち答えるのがやっとになってくる。もう11月だというのに、背中や顔から汗が吹きだす。歩幅がだんだん小さくなり、気をつけないと口で呼吸をしてしまう。上を見て歩くとなんだか辛い。あそこを曲がると平坦になるかな、上醍醐につくかな、そんなことばかりを思ってしまう。「千里の道も一歩から」、その言葉をずっと心で唱えていた。足取りは重くても「進むんだ」、と言い聞かせていた。参拝者は年配のかたも多くて「なんて元気なんだろう。私だって登れるはず。」・・ナンテ思ってみるが、足は重くなるばかりだ。上を見て登っても先が見えないので、途中からは足元だけを見て歩いていた。「一歩、一歩」そう思いながら。やがて、急な坂道が終わり、下り坂になる。顔を上げると、寺が見えていた。「着いたんだ。」流れる汗を拭きながら、やっと爽やかな気持ちに包まれた。途中2回休憩して、約50分だった。

20091110_goshinboku 登る途中、落ち葉を履いたりして掃除をしておられるかたがいた。下山してみてわかったが、ところどころ土が盛られていたので、歩きやすいように整備してくださっているようだった。きっと、雨が降ったり台風のあとには、ぬかるんでいたり大木が倒れていたりするのだろう。参拝者が安全に登れるように気を配っているかたがいるって、なんてありがたいことだろうと思った。参拝者は、こういうかたにも支えられているんだなと感じた。

下山途中で大きな檜を見つけた(上の写真)。登るときには全く気づいていなかったことになる。ほんとに下を見て歩いていたんだと、自分でも笑えた。私は御神木といわれる大きな太い木が大好きだ。御神木に出会うと必ず木に触れて、耳をあてたり、さすったりするのだ。御神木を見上げた。ここで長い年月、多くの参拝者を見てきたであろう御神木だ。「また登れるかな、また会えるかな。」そう思いながら下醍醐まで下山した。下山は1回休憩して、約40分。

20091110_hibutu秘仏
准胝観世音菩薩
上醍醐・准胝堂が2008年8月24日、落雷による火災で焼失した。今は下醍醐・金堂にて御開帳になっていた。一面十八臂(1つの顔と18本の腕)の秘仏は、とても小さい。小さいけれど、とても穏やかなお顔だった。今でこそ、下醍醐の金堂で観音さまに会えるが、以前は上醍醐の准胝堂まで行かなければ会えなかったのだ。険しい山道を登って、この観音さままで辿りついたときの感慨は大きいものだったに違いないと思った。それに、上醍醐寺に観音さまがいなくても、多くの人たちが登っていくのは凄いことだなと思う。

観音を安置する堂が完成するなり、准胝観音は自ら歩いて堂の内陣に入ったという伝説がある。また、子授け・安産・子育てにご利益があるのは、醍醐天皇がこの観音さまにお参りをして朱雀・村上天皇の皇子を授かったことによる。上の写真は醍醐寺のポスターより。

◆納経
下醍醐寺・金堂と女人堂で、般若心経をそれぞれ納経した。

◆感じたこと
醍醐寺は、世界遺産にも登録されていて寺宝も多く、とても広大な境内である。上醍醐と下醍醐の両方を参拝したので、醍醐寺だけで一日がかりだった。でも、上醍醐寺まで登った達成感は大きく、気持ち良かった。准胝堂も早く復興したらいいなと思う。復興したら観音さまは、また自ら歩いてお堂に入るかもしれない。そんなことを思いながら醍醐寺をあとにした。下は醍醐寺のご朱印。ご朱印は金堂で。

20091110_11gosyuin_2

◆◆ここからは今回調べたこと◆◆
20091110_11bonji准胝観世音菩薩(じゅんていかんぜおんぼさつ)
左は准胝観世音菩薩の
梵字種字は「ブ」。真言は「オン シャレイ シュレイ ジュンテイ ソワカ」、梵名は「チュンディー」。

観音菩薩の変化身(へんげしん)の一つであり、六観音の一尊にも数えられている。六観音の役割では人間道の世界で苦しむ衆生(しゅじょう:生命あるものすべて)を救う観音とされる。

「准胝」とは「清浄」、または「妙なる」という意味で、観音菩薩の清らかな心を象徴している。また中国では「准胝仏母(じゅんていぶつも:過去のあらゆる仏の母)」の呼び名もあり、大地母神的な母性を象徴する菩薩である。よって、子宝や安産のご利益があるとされる。

◆ぱぴりおブログリンク◆
西国三十三所巡礼札所一覧

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