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真夜中の神話

20091213_mayonakanoshinwa文春文庫より2007年8月刊行。
真保裕一 著作。

薬学の研究に没頭した挙げ句、夫と娘を失った栂原晃子は、新たなテーマを求めてインドネシアに向かうが、飛行機墜落事故に巻き込まれる。だが奇跡的に助かった晃子は、山奥の村で神秘的な歌声を持つ少女と出会い、驚異的に快復した。一方、町では猟奇的な殺人事件が発生していた。伝説と神話に彩られたスペクタクル巨編。

神話に興味を持っているときだったので、むさぼるように一気に読んだ。ドラキュラや魔女狩り、ゾンビなどに関する謎だったことにも詳しく書かれていて、とても面白かった。イルカセラピーやミュージックセラピーにも触れられている。

この小説は、もちろんフィクションだ。わかってはいても、こういうことは現実に有り得るだろうな、と感じながら読んだ。今、神と呼ばれるような人が現実にいるかもしれない。過去に実在したのだから、現代にもいてもおかしくはないのだ。ただ、小説のようにマスコミが放っておかないだろうし、科学的に証明しようと研究者たちは躍起になるだろう。神が存在した時代は、文明が進んでいなかったことが大いに関係すると思われるが、いろんなことが謎で不思議だったに違いない。だからこそ、神秘的でもあるんだけど。それに、それらの神々を信仰してきた歴史がゆるぎない力ともなり、信仰は今も続いている。今、「神が現れた」と言っても誰もが否定的になるだろうし、解明したがるだろう。

迷信の中には、隠された一つの真実がある。確かにそういう気がする。古来からの言い伝えというのは、それなりの理由がある。その理由は直接的でない場合が多く、真実からかけ離れていたり、誇張されていたりするが、まず間違いないのだ。神として讃えられた人には、たいがい英雄伝や伝説があり、これはいくらなんでも無理と思われるようなことも多々あるが、どこまでが真実なのかということより、そういう話が語り継がれたことに意味があると思う。人々が神を創りあげてきたといっても過言ではないだろう。英雄伝や伝説の中にも、たった一つの真実があるに違いなく、なにもかもが作り話じゃない。それが伝承されるうちに、誇張され尾ひれがいくつもついて、大きな話ができあがってしまうのは仕方のないことだ。それほど、偉大なものをその人が持っていということなのだから。

神と呼ばれた人、もしくは没後、神と崇められた人は、この世に何人いるだろう。強い力や魅力、神秘性を持っていた人たち。でも、文明が発達するに従がっていろいろなことが解明され、神と呼ばれるような人はいなくなった。カリスマ的な人はいるにせよ、今後神と言われる人は現れることはあるのだろうか。もしかしたら、この小説のようにひっそりと何かに守られて存在しているかもしれない。

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